takram London

Hello 2015.

“The FAB MIND” Exhibition at 21_21 DESIGN SIGHT is now over and I published the page of Professional Sharing, the project I exhibited in it.
http://www.yosukeushigo.me/ja/projects/professional-sharing/

FuturePendulum@2x

As of 2015, I’m part of takram London, an experimental outpost of Tokyo-based design studio takram. I’ve been involved in the process of studio incorporation and kickstart in the last 6 months and finally working almost-fully on real/interesting/whatever projects. Even though I’ll be just a member of the studio, the aim of my practice won’t change – design to create space for people’s imagination towards futures and nows and pasts. Taking in all my activities and thoughts and practices, I hope I can push takram’s boundary as a design studio, or at least disturb their pendulum.

Looking forward to the new journey.

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Professional Sharing #1

It’s been one year since I graduated RCA_DI and started freelancing straightaway. Thanks to you all, I am still surviving. Projects ranged amongst 3 exhibitions, 2 scenario-visualisations, 2 prototypings, 2 UX/UIs.

The second year starts with an exhibition – I’ll be in part of the “Fab Mind” exhibition at 21_21 Design Sight Tokyo from 24th October 2014. Among brilliant designers, I’ll be exhibiting my new project “Professional Sharing”, which I’m now working on with an RCA grad Naoki, a Uni friend of mine Kentaro, and an RCA_DI grad Alexa. This post is to summarise the project’s background.

So called Sharing Economy has been booming. For those who are not familiar, it’s a term for a type of services in which an individual can lend or sell her idling assets to others who need them. Airbnb allow you to let your idling room, ZipCar – cars, Task Rabbit – time & skill, etc.

While this type of services is brilliant in materialising the idea of sharing assets, there have been problems in its way of operation and advertising. Let’s take Airbnb as an example. there are more and more individuals and even companies that buy properties solely to let them in Airbnb. To advertise their property with better price, they exploit the nature of AirBnB to circumvent the cost of regulations and insurances which normal property agencies would have to pay. Consumers welcome another cheaper option no matter what the price entails. But the original users of the service – amateur sharers who intend to let an empty room out of their goodwill or need in small cash – are suddenly forced to compete against these professional sharers, and struggle. Their advert can’t scale as those professionals’ ones can. In this everyone-is-investor situation, Airbnb take 15% of each transaction into their pocket. Issues in Sharing Economy are better pointed out in Scott’s talks in LIFT, the article by Andrew Leonard.

When I was asked to take part in the “Fab Mind” exhibition at the beginning of this year by its curators Noriko Kawakami and Ikko Yokoyma, I was also asked to exhibit an economy-related project. At that time, Mt. Gox, a BitCoin exchange in Tokyo, went bankrupt with their 850,000 BTC missing, and Airbnb raised $450m in a fundraising which valued the business at $10bn. These events made me start speculating a life in a “perfect sharing economy” accelerated by the virtual currency and the wearable tech and so on. The brief below has been derived from here:

In a near future where so called ‘Sharing Economy’ prevails everywhere at every level, any idling asset of an individual can be sold to others under the name of ‘sharing’. From traditional assets such as rooms and cars, through more abstract ones such as time, skill, and knowledge, and to ‘sleeping’ computer processor in wearable devices and data produced from within human body, any resource one can harvest is constantly monitored by the algorithm and is either sold to others or used to harvest more valuable resources. Sub-penny transactions backed up by the virtual currency also accelerate this act of sharing.

In Japan, more and more techno-geeks get enthusiastic in crowd-funding campaigns trumpeting “This is an innovative device to share ______ with others!”. They invest on, use and wear them, bustling around the city to harvest as much as resources and earn meagre money by sharing them. Depending on the market, the environment, and his own physical condition, one’s saving projection whirl in a second as well as his own worth. Dreaming to be those who live off ‘Sharing’, Professional Sharers can only sacrifice their meagre resources to earn just enough money to live.

In the exhibition, a documentary film and some objects will be shown. I hope this project encourages us to think more of the implication of this idea of sharing and our our pursuit of it.

Activity Log #3: What to do next

This article is copied from its Japanese version. Will be possibly translated in future.

あけましておめでとうございます。こんにちは。

さて、活動まとめシリーズ第3回(最終回)は、

  1. 「クリティカル・デザイン」とは、自分なりのまとめ
  2. RCA デザイン・インタラクションズ学科で何を学んだか
  3. 今後どういった活動をしていくか、していくべきか

です。

クリティカル・デザイン!面白い!けど、で?

テクノロジーを批判的に語る方法を知りたくてはるばるロンドンまできて、幸運なことに「これは確かにおもしろい」と思えて、卒業作品も色々なサポートのおかげでおもしろいと思えるものができた(今回はテクノロジーはあんまり絡んでないにせよ)。で、それでどうするのか。

他のクリティカル・デザインにも、おもしろいアイデアや作品はいくらでもあるし、見た人に新たな考え方を植え付けることができることももうわかってる。「クリティカル・デザイン」という言葉が発せられてから10年近いし、建築系では70年代からある考え方なわけだから当然だろう。けど、そこから建設的な議論なり政策なり方針なり社会的な運動なり、具体的な何かへと実際につながっていったプロジェクトがいくつあったのか。これでは、観客が自慢話のネタを増やすだけで社会の何も変えないTEDとそう変わらないのではないか。

僕が見出しているひとつの方向性は、「頭の中以外のスペースをつくりだす」こと。クリティカル・デザインの典型的な露出の仕方は未だに美術館だけど、ニッチな展示に足を運ぶ人はすでにある程度のインテリである可能性が高い。そういう方々の頭の中だけに架空世界をつくりだしても、狭い世界での自己満足でしかない可能性がある。もう少し対象を広げるなり、スペースを変えるなりした活動が必要なんじゃないかと思う。スタジオをシェアしているTobiasのブログエントリーをはじめ、同じような問題意識をもっている人はRCADIの中にも外にも多い。ワークショップ、パブリックスペースでの展示、長期的な施設やイベントなど、プロジェクトのアウトプットにも反映され始めていると思う。

アンソニー・ダン氏のワークショップが終わった。多様な批評を生むには、批評が展開される空間が必要。ダン氏はスッと学生たちの議論に入り込み、彼の批評マインドを開く批評空間を作り出していた。そういう意味で、彼はまさにクリティカルスペース・デザイナーだと思いました。 — Tonyの藝大ワークショップ後のコメントのひとつ

A 100-Mile Conversation / Nathan Burr and Louis Buckley

同学年だったNathanとLouisのプロジェクト。100マイルのウォーキング道「South Downs Way」を、その果てにある自殺の名所「Beachy Head」に向かって歩きながら、自殺について様々なゲストを交えて議論するというプロジェクト。

Under the Shadow of the Drone / James Bridle

ドローン。一般人はおろか、操縦者の身体からも切り離されたこの遠隔操作飛行体の影を各地の地面に描く作品。影はMQ-1 Predatorのもの。現地の人を巻き込んで行われて、実物の影の大きさを見ると驚くし怖い。

Under the Shadow of the Drone / James Bridle

正直、対象を広げると伝わるアイデアが薄くなりがちな感があるけど、なんとかうまいやり方を模索していきたい。たとえば、卒制で「うさぎスマッシュ展」にも展示している「Commoditised Warfare」。このプロジェクトにしても、模型シリーズを実際にどこかの模型メーカーとコラボして発売してみる、一般から”戦争とその代替スペクタクル”のアイデアを募ってシリーズ展開する、など展示以外でもアイデアを薄めずに伝える方法があるのではと思う。ちなみに後者は東大の鳴海先生としゃべってでたアイデア。

今後どういう活動をするのか

まずは、個人でやるプロジェクトは継続していきたい。新しいアイデアも何個かある。「テクノロジーとスペクタクルが見せる夢」「それを消費することで動く社会」あたりに興味や怒りがあるので、それに都市/廃墟/トランスヒューマンなどをモチーフとして絡めて色々とやっていきたい。「クリティークのためのスペースを作れたか」というのを指標に。まずはリサーチ用のtumblrをひとつ始める予定。

また、僕がプロジェクトやRCADIで学んだことを現実の社会で機能させようとすると、デザイン・コンサル、コンセプト・デザイン、未来戦略とそのビジュアライゼーション/プロトタイピングあたりに落ちてくると思う。IDEOのTim Brown氏がRCADIにレクチャーしにきたときに「君たちはどんな問いを発せばいいかを知っている」ということを言っていた。こういうスキルは、問題解決を目的としてきた今までのデザイナーにはないものだと思う。これに、日本にいたころからのテクノロジーへの理解や実装系スキルを足していくことになるだろう。

Superfluxでのプロジェクト「Open Informant」バッジをつけた僕

この「ラボ」と「コンサル」をうまく噛み合わせながら活動していくのが理想的。ロンドンのSuperfluxというデザインスタジオはまさにこのやり方をやっていて、去年からアプローチしていたんだけど、今年からAssociate(準レギュラー)として色々なプロジェクトに参加することになった。フリーランスとしての活動も続くので、展示やプロジェクトのお誘いもぜひお願いします。

ということで活動まとめ連載終わり。2年半前にロンドンへきて、ニッチなスキルや経験を得て、なんとか楽しく生き延びています。お世話になった方、特に家族と財団の方に感謝。

Activity Log #2: What I’ve Leant in RCADI

This article is copied from its Japanese version. Will be possibly translated in future.

年末ですね、こんにちは。活動まとめ第2回は、

  1. 「クリティカル・デザイン」とは、自分なりのまとめ
  2. RCA デザイン・インタラクションズ学科で何を学んだか
  3. 今後どういった活動をしていくか、していくべきか

です。前回はかなり抽象的に書いたので「で、何やってんの」と思う方もいたでしょうが、今回はちゃんと例が入ってます。

前回より、僕の中でのクリティカル・デザインの定義は、「人々がテクノロジーや地政学などがつくる未来について考えたり議論したりするための、またはそのスペースをつくるためのデザイン」。RCA デザイン・インタラクションズ学科(RCADI)では、これを実践するための技術を極めて行き当たりばったりに学んだので、後から振り返ってみて「こういうことを学んだんだなー」ということを整理してみる。ちなみに、体系的な教育ではまったくないので、僕はこの定義を自分で設定してクリティカル・デザインを学んだけど、他の人は違う意味の何か別のものを学んだことだろうと思う。なので、学科公式見解でもなければ、RCADIに行けばこれが学べるよ!とかでもない。

未来、パラレルワールド

どんな未来やパラレルワールドを考えるか。技術屋が提示する未来は、この図でいうところのPreferable Futuresにとどまっていることが多い。クリティカル・デザインでは、それ以外の可能性や不可能性を提示していく。テクノロジーの「Application=応用」ではなく「Implication=意味」。「これが未来だ!こういう未来にしよう!」ではなく「こういう未来もあるかもしれないし、ああいう世界もあったかもしれない。で、皆さんどうしましょう?」。

実際にどんな世界を想像するかはたぶん自分次第。どんな技術や歴史に興味があるか、土地、政治、宗教など、自分の興味や怒りやリサーチに応じてとにかく想像の羽を広げてみる。ここではそんなに教授陣からのツッコミはこない。理由は後述。

Nesta “Don’t Stop Thinking About Tomorrow: A modest defence of futurology”

TANGIBLISATION

構築した世界を、今度は自分のデザインスキルやディレクションスキルに応じてタンジブルな状態にする。これは「表現する」というよりは、「それを通すと構築した世界が見えるようなレンズをつくる」という感じ。「Tangiblise」という言葉をRCADIではよく使ったのでこう書いたけど、一般的な「Tangible=触れられる」を広くして「皆が同じものを想像できる」とすればしっくりくるかも。

レンズより右は、見た人・体験した人の脳内で起こるのでコントロールが難しい。誰がそれを見るのか、レンズがどういうメディアであるか(映像/プロダクト/テキスト/プロトタイプ…)、レンズと世界の間にどれくらいのジャンプがあるか、過去か未来か、現代社会の価値観では受け入れ難い世界か…。テクニックやセンスを駆使して、これを意図の通りに起こすのがデザインスキルであり、RCADIで学んだことだと思う。あくまで「アイデアを他人に伝えるための技術」がデザインで、それを教えるところだから、「どういう世界を想像しているか」自体は本人まかせのことが多いのだと思う。

このデザイン過程で重要なポイントやテクニックを、僕と一緒に卒業した人たちのプロジェクトを通して列挙してみたい。

Diegetic Prototype = 物語世界内のプロトタイプ

Design Fiction is the deliberate use of diegetic prototypes to suspend disbelief about change.
Bruce Sterling on Design Fiction

SF作家のBruce Sterlingが言うように、Diegetic Prototype = 物語世界内のプロトタイプは、クリティカル・デザインの根幹とも言える部分。想像上の世界で広く使われている道具や技術をプロトタイプとして提示すること。

Philippの作品は、「インターネット終了ボタンが押された後の世界」。今僕らが依存している、巨大インフラ+巨大権力を背景にしたGPSやSNSがなくなったときに、それらの代わりになる技術は全く違う性質のものになるかもしれない、ということで、そのプロトタイプ群。地震動を使った位置検出システム、使われなくなったテレビのアナログ電波を使ったソーシャルネットワーク(写真)、下水に生息するバクテリアのDNAをクラウドデータストレージとして使うサービス、からなるシリーズ。

どのプロトタイプも、よりオープン・アドホック・グレイで、今のインターネットシステムとは全然違う世界を想像させる。

Social Teletext Network / Post Cyberwar, Philipp Ronnenberg

Philippのプロトタイプは、特に実際に使えるわけではない想像上のプロトタイプだけど、Benediktの作品は「未来先取りやってみた系」のプロトタイプ。「LAにあるプールを数えてみた」という作品で、衛星データ、画像処理、クラウドソーシングなどを駆使することで実際にLAにあるプールを数えたという作品。数えただけなのに、個人で扱えるデータの量が膨大になっていく世界の様々な側面を考えさせてくれる。派生作品に「LAにあるプールいってみた」というGoogle Street Viewで数えたプールを訪れてみる映像もある。2月にメディア芸術祭で展示予定。

The Big Atlas of LA Pools, Benedikt Groß

Future Mundane = 未来の普通

SFヒーロー作品の対局にあるアイデアで、「未来のつまらない日常」という意味。ヒーローよりも凡人、新しいオブジェクトと過去から引き継がれた物とが雑多になった風景、部分的にだけほころびのあるシステム、などが特徴で、より未来ビジョンを説得力のあるものにしてくれる。詳しくはCore77のコラムを参照のこと。

Owenの「Operation Easy Burger」は、禁止されている合成肉製造現場が、格安ファストフード店の裏側で明らかになるというストーリー。ワイドショーでみる捜査資料のように映像がつくられているのもMundane。

Domestication of Technology = 生活に入り込んだテクノロジー

「Future Mundane」に通じるところがあるが、テクノロジーがどんなふうに生活に入ってくるかをリアルに描写すること。美少女掃除ロボは夢でしかなく、実際には猫がルンバに乗って走り回ってる動画がYoutubeでヒットする。

Bertrandの作品は、イギリスのカンブリア州が原発観光ビジネスを始めるというストーリーで、原発を模した夢のおみやげ「無限スノードーム」を展示。夢のエネルギーでさらなる大きな夢を見せるのではなく、ただの旅行記念のお土産になるというのが説得力ある。

Infinite Souvenir, Bertrand Clerc

Uncanny = 不気味さ

現代社会の価値観との相違からくる不気味さも、鑑賞者の想像を喚起するのによく使われる。「こんな気持ち悪いこと許されるはずないのに、だめだとも言えない…。なんで!」

Agiの作品は、遺伝子工学的かつトランスヒューマニズム的な意味での「デザイナーズ・ベイビー」。トランス・ヒューマン、身体改造な技術が赤ん坊に施される様子を、かなりリアルな赤ちゃんモデルで表現。展示では叫び声があがる。

Transfiguration, Agatha Haines

Transfiguration, Agatha Haines

Parody = パロディ

これも、想像上の世界を日常に近づけるのに役立つ。クリティカル・デザインでは、嘘か本当かよくわからないラインを突く作品が多いが、政治や宗教やジェンダーなど、トピックによっては途方もない精妙さがないと怒り出す人がでてくるものもある(それもまた一興ではあるが)。ここでパロディや笑いを入れると、「嘘だというのが一発でわかる」+「現実世界とのアナロジーを簡単にみせられる」という効果が期待できて、鑑賞者の想像をより遠くまで飛躍させられる。

僕の戦争模型シリーズはこの意図でつくられていて、「戦争に係るリソースがまるっと別のスペクタクルに向かったら」というかなり飛躍した世界を伝えるのに役立っている、はず。

というわけで今回はここで終わって、最終回の次回は「これからどうするか」というのを書いていきます。

今回書いたあたりのテクニックをもう少し理論だって知りたい場合は、RCADIのチューターJames Augerの論文「Crafting the Speculation」をあたるといいと思います。今回は僕の卒業年縛りで選んだのですが、RCADIでの僕の一個上のTobias Revellのブログエントリーには、それ以外の作品例や、別の側面から選ばれた作品がまとまっています。

Activity Log #1: Critical Design

This article is copied from its Japanese version. Will be possibly translated in future.

早いもので卒業して半年くらい経ちましたが、とりあえずロンドンにて生き延びています。都現美「うさぎスマッシュ展」も好評っぽくて何よりですが、展示が終わらないうちにちょっと考えためていたことを何回かに分けて書こうと思います。連載計画はこちら:

  1. 「クリティカル・デザイン」とは、自分なりのまとめ
  2. RCA デザイン・インタラクションズ学科で何を学んだか
  3. 今後どういった活動をしていくか、していくべきか

経緯少しだけ

僕は2008年から2010年まで、東大の廣瀬・谷川研究室に修士の学生として在籍していた。そこでは「インタラクティブな建築についての研究」といって、自分に反応して物理的に動く建築の中では人間にどんなことが起こるか、みたいなことに注目して研究したり制作したりしていた。自分ではコンセプトや批評をきちんと考えたつもりだし、また作品を工学系技術の文脈の中で語ることには成功して、今でもわりと満足している。ただ、展示や何やらで発表するときには決まって「メディアアート」という超超特殊なエンタテインメントとして消費されて終わりになってしまうのがつまんないなーと思っていた。「おおお。これは、どうやって動いているんですか?」とか。ただこういう質問を受けるのは自分の腕不足にほかならないというのは自覚していたから、テクノロジーを批評的に語って伝える技術を学ぶために、クリティカル・デザインを標榜しているRCAデザイン・インタラクションズ学科へいこうと思うように。

クリティカル・デザインとは?

未来について考えて議論することを人々に促すためのデザイン。特に、テクノロジーや地政学など、現代社会において複雑化している事象によってつくられるかもしれない未来や、つくられたかもしれないパラレルワールドを描くことが多い。(少なくとも僕は。)クリティカル・デザインの開祖、RCA デザイン・インタラクションズ学科長Anthony Dunne氏が著書「Hertzian Tales」に書いたところによれば、

クリティカル・デザインは、プロダクトが生活の中で果たす役割についての思い込みや予測や常識に対して、思索的なデザインを用いて異を唱える。そのための手法というよりも考え方やスタンスである。

「プロダクト」として始まったのは、Tonyがプロダクトデザイナーで、建築と比較してプロダクトに批判的なスタンスがない、というフラストレーションが理由らしい。ただ今では、当然プロダクト以外にもサービスだったりシステムだったり果ては「国」なんてのも対象になってる。

普通のデザインと何が違うの?

再びTonyを引用すると:

現状を強化する肯定的なデザインの対局にある

ということで以下がその対局さを示したリスト。

[a]

affirmative
problem solving
provides answers
in the service of industry
for how the world is
science-fiction
futures
fictional functions
change the world to suit us
anti-art
research for design
applications
design for production
fun
consumer
user
makes us buy

[b]

critical
problem finding
asks questions
in the service of society
for how the world could be
social-fiction
parallel worlds
functional fictions
change us to suit the world
applied art
research through design
implications
design for debate
satire
citizen
person
makes us think

中には個人的にはちょっと違う気がすると思うものがあるけど、大事なのは対比として語られるということ。つまり「これからはクリティカルだ!」とか言うわけではなく、余白を埋めるためのデザインだということ。批判をする相手が必要なので当然といえば当然だが、メインストリームには一生なれないのかもしれない。

なんでクリティカル・デザイン?

科学者や識者、普通の人々がテクノロジーや地政学などがつくる未来について立ち止まって考えたり議論したりするスペースをつくることが必要だと思うから。物理的な場所、ワークショップ、インターネット上の場所、展示空間、見た人の頭の中など、形態は問わない。

複雑化している社会の中で、みんなが共有できる側面を切り取って考えたり議論したりするのはどんどん困難になっている。特にテクノロジーや地政学は、その裏にいるフィクサー達によって流れが決定されていることもあるので、気づかない/考えないうちに未来が目の前にきてしまってる。「This is your future, take it.」また逆に、DIYカルチャーの中から凄まじい速度でテクノロジーが発展したり政治イベントが勃発したりもしている。そんな爆速で進む複雑怪奇な社会の中で、「ちょいみんな考えよう」っていう事柄を、ただの言葉や政策ではなくデザイン言語を通して伝えるのがクリティカル・デザインがやっていることなんだろうと思う。

もちろんきっちりした定義やワーキング・グループがあるわけじゃなく、ゆるく定義されたエリアの話。

The future is already here — it's just not very evenly distributed.

The future is already here — it’s just not very evenly distributed.

アー、ト?

何をアートと言うかはさておき、デザインと言っている以上、個人的には「アイデアを他人に伝えることができたか」ということで評価されるべきと思ってる。クリティカル・デザインの場合、「テクノロジーや地政学などに潜む側面を、人々に伝えて批判のための空間をつくりだすことができたか」ということが評価になる。それで評価できる/されたいプロジェクトならデザインだし、その評価を放棄してるプロジェクトはアートと言ってしまっていいと思う。

「他人=マーケット」「評価≒売上」な場合と違って評価を定量化できないのが難しいところだが、コンセプト・デザイン(コンセプチュアル・デザインではなく)あたりのエリアでも同じだろうから、評価に定量性があるかどうかは、それがデザインであるかどうかとはあまり関係ないはず。とはいえ、クリティカル・デザインがある程度浸透しつつある今、お金払って展示を見にきてくださるような奇特インテリな方々の頭の中に仮想世界を作っただけで成功したと言っていてもしょうがないというのは自覚していて、頭の外にスペースを作るというところまでいけるといいなと。(この辺は第3回でも書きたい。)

とりあえずはいつもよく聞かれることにまじめに抽象的に答えつつまとめてみましたが、次回はこういうことを実践している/実践したい人たちに囲まれた2年間で何を学んだか、ということを具体的なプロジェクトも交えて書いていきます。

House Exhibition

I’ve been living in a house in London SE5 with another 4 somehow-creative people and now we all have something to exhibit from our graduation show, own projects, etc so we decided to have a House Exhibition. The exhibition was held for two days in the last weekend.

Bushey Hill House Gallery

Six artists who live together at Bushey Hill Road in South London will display their work in the ground floor of their home.

The house will be transformed into a gallery for one weekend and will include work ranging from fashion, design interaction, illustration and architecture.

Work by

Shiori Clark (Illustrator)
Arisa Ishibashi (Architecture)
Digory MacFarlane (Architecture)
Yosuke Ushigome (Speculative Design)
Marion Verdier (Fashion)
Mariah Nielson (Curator)
And Special Thanks to Moomin (The house cat)

I showed a piece titled A Model Geek’s Desk which is meant to be ‘behind the scenes’ from my final project at RCA Commoditised Warfare

A Model Geek's Desk

An installation which replicates a desk of a model geek who rigorously creates speculative narratives based on the history of warfares and conflicts in the world. He proposes an alternative world where spectacular events are custom designed to replace traditional warfare as a means of solving seemingly chronic conflicts. Whether it be a made-up sport, a bizarre ceremony, or an extravagant technology, each event is specially designed to reflect the cultural and geopolitical characteristics of the opposing sides. His creation is presented through whatever on his desk: models under assembling, tools he uses, existing models he takes bits from, computer models he creates, etc.

A review of the whole exhibition will be covered by our curator Mariah Nielson in a couple of weeks.

Graduated from RCA

I graduated from RCA Design Interactions, a few months ago. There are a couple of things happening at the moments:
- Exhibiting Commoditised Warfare, my final project at RCA,
- Interning for Superflux,
- Working as a freelance UI/UX designer/coder for both UK-based and JP-based companies.
- Thinking about the next projects…

All of them are equally highly important, and, yes, what took me a day at the college now takes three days at the world outside DI. But what I found almost imperative for me is to constellate a range of projects on the map of my interests, rather than clinging to one polished project done in the student-era. As a designer/artist who is keen on ideas and how to conceive them, I should demonstrate them by showing the range of projects which have a common idea and way of thinking lurking behind. I’m hoping I can do this in a coming couple of years.

So I’d start with a constellation of texts, an easily publishable medium. Hope you (and myself) enjoy it.

Final Show Making #05

another puppetry video about synchronised-baseball reflects what i watched in baseball in tokyo dome, japan.

東京ドームでみたことをちょい反映してパペットスケッチをもう一個制作。

Final Show Making #03

Some sketches of animations of models using “>paper crafts made in the last weeks. Thinking what kind of mechanisms can be employed as well as timeline, composition, and sounds of one loop of the show. Mech design gets difficult in the the cut points in video editing.

前回つくった紙モデルで動きのスケッチ。一回のショーの時間・構成をテストするとともに、どういう機構でつくっていくかも考えていく。映像編集でフェイクしているところが機構的にも難しくなる。

Final Show Making #02




As I’ve got the sense of scale, next step is to prototype loads of movement and mechanism on papercraft/box model.

スケール感がだいたいわかったので、ペーパークラフトと箱模型を用意して、動きと機構のテストしていく。